ワードプレスに関する地域間コミュニティ

本日も仕事はお休み。 本など読んで過ごした。
明日から新しいプログラムの開発を開始する予定。 Drスランプの博士みたいにズババッと解決してみたい。
(決して失敗しちゃうという意味ではない)

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昼下がり
天気がよかったので公園で本をよもうとおもいベンチに腰掛けた。 ページを開く間もなく蚊にたかられ、慌てて逃げた。 どうりで誰も座っていないはずである。 寒色系の花など眺めつついい散歩にはなった。

WP
しばらくワードプレスを使う機会がなかったので、テンプレートタグをおもい出すのに少々混乱した。
テンプレートタグにない機能(多分)で、表示中の記事の属するカテゴリー名をループ外に表示するということをやってみた。
【こんなかんじ】

WordBench
ワードプレスに関する地域間コミュニティ、WordBenchというのがあります。
上記の通りの状況であまり積極的に参加できずにいます。 もし、時間もアイデアもたくさんあってコミュニティ管理ならまかせろって方がいらっしゃいましたらご連絡ください。 もちろん参加してくださるだけでも大歓迎です。 今の所WordBench香川では活発な活動を行えていない状態ですが、他地域とのコミュニケーションがうまれるきっかけにはなれるかなとおもってます。
http://wordbench.org/


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ドイツと日本を結ぶ

JGK:Junge Gemeinschaft Kagawa(※)という、ドイツと日本を結ぶ交友グループがあり、そこの主催するStammtisch(※※)という定期交流会に出席した。
(※ヨット・ゲー・カー:ユンゲゲマインシャフト香川。 よく、ヨットゲーと呼ばれてます。 発音はヨットのゲームを省略した感じかも。 じぇいじーけー、でもまあOK。)
(※※シュタムティッシュ、またはスタムティッシュ。 いつもの席、みたいな意味合いです。)

5月に香川日独協会会長の交代があった。 そこで、今後の活動の協調の意味合いも兼ね、新会長ご夫妻がStammtischに参加されることになったのである。(と、おもう。)
そのような流れがあり、僕もほんの少しだけ重要なお話があったので参加したのだった(※)。
重い討論会になったらどうしようなどとよけいな心配をしてドキドキしていたが、始まってみると、
出席者揃う—>プロースト!(乾杯)—>わっはっは—>和やかに終了。
ということで、なかなか颯爽とした交流会になった。
(※できるだけ変な行動を取らないように、十分意識しておとなしくしていたつもりだったが、やはりなにかと失敗していたようにおもう。)

これまで日独協会のイベントは会員向けのものが多かったようにおもうのですが、今後は、JGKを通して会員以外の一般の方をお招きできるようになるかもしれません。 続報、進展がありましたら、またこちらでお伝えすることができるとおもいます。 ドイツ語圏との国際交流に興味を持たれましたら、いちど下記リンク先をのぞいてみてください。
【香川日独協会】
【JG-Kagawa】

ちょっとだけ制作日誌———-
今日は仕事をお休みして帆船堂スーパーオフィシャルウェブサイト(というか、ここ)の整理整頓を進めてみたところ、
片付いた。
個人的にはスッキリしてとても気に入っているが、営業的には非常にどうかとおもうのだった。


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まっすぐ家まで

ゆるやか
ここ一月ほど開発を続けていたプログラムがあり、ようやく完成を向かえることができそうになった。
表現があっているかどうか自信がないのですが、ゆるやかな完成を向かえることになったといえます。
今後、運用の過程で現れる利用者の言葉を反映しながら、少しづつ変化していきます。
プログラムのホントの完成は、その役割を終え、新しいプログラムに繋がったときなのかもしれません。
(ぜんぜん違うかもしれません)


郵便屋さん時代にお世話になった年齢の近い上司が来宅。 すでにできあがっているご様子であって、なかなか盛り上がった。 そういえば、よく怒られていたなあという事をおもいだす。 自宅のパソコンが遅いという理由で、奥サマ始め家族一同が手厳しいらしい。(メモリ増設の件はお酒の入ってないときにまた改めましょう)
お互いにひとしきり近状を話し終えたあと、酒瓶片手に帰宅された。 まっすぐ家まで歩いて帰れたかどうか少し心配だったりする。
PS:僕が毎週ジャンプ買ってる理由は作家さんにお金払って読みたいというちょっとした敬意からなのです。 だから、旅行もカラオケもコンサートもスキーもパチンコも行かないですけどジャンプは毎週買っているのでした。 少年じゃないですけど。

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見えないものを見よう

ときおり、外出先で非常に腹の立つおもいをすることがある。
まったくもって腹立たしい!
などと、今日もいつものようにひとりで勝手に憤慨していた。
おもわしくない天候のせいもあり、いつもに増してプンスカしていたところ、ようやく理由がわかった。
結論から言うと、およそ9対1くらいの割合で自分側に非があったのであろーということだったのであった。

なんというか、自分が周り(相手)に与えた影響が、相手の言葉や行動に現れて自分に帰ってきていたのだとおもう。 周り(相手)に確認することができない(※)ので推測でしかないんだけれども、僕個人の独特な常識や特異な行動(※※)が少しずつ周囲に不安や不信感のような感情を与えていて、そういうものが積み重なって周囲の行動や言葉として帰ってくるのであろう。 そして、それを見ることでひとりで勝手に憤慨しているのであった。
(※:できれば、どこかおかしな所があれば教えてくださいって聞きたいんですけど、そういう発想が特異な行動というものなんだろうかなとおもう)
(※※:自閉系と呼ばれるような人たちには、そのような行動が見られるらしい。 ただし、僕の場合は単なる個人の個性なのかもしれない。 まだうまくわからない。)

先天的に文字に色が見えるという感覚があり、これを共感覚と呼ぶという。【共感覚?】
ちなみに僕は文字に色は見えない。 黒は黒、グレーはグレーである。 まあ、そういうことなのだ。
人は、お互いの表情やしぐさ、言葉に含まれる意図などから微妙な感情を読み取ることができ、これを空気と呼ぶことがある。 そしてそれは、色彩感覚に近いものなのかもしれない。 色とりどりの感情が多彩な空気となってあらわれているのだろう。
白と黒とグレー、僕が見ていた表情はこの3つだったのかなとおもった。
(同様に、自分に表現できる感情もこの3つになるのだろうとおもう)

空気が読めないってことなのであった。 腹立たしいのはむしろ周りのほうであろう。 しかも自分にはまったく自覚無しである。
訓練で、文字に色が見えるようになるかどうかはわからないが、その文字に特定の色が見えているという事を理解することはできるようになる。
いまさらながら、一般常識や作法、なんとかマナーなどといわれるものを改めて勉強してみようとおもう。 身につけることはできなくても理解することはできるハズである。たぶん。
そういうことで、そのような物事をいろいろと理解できるまで外出は控える事にした(これはほぼ個人的な事情)
なにか、見えないものを見ようという努力をしているような気がしないでもないけれども、見えるものが見えてないということが分かったことだけでも、一歩、人類に近づいたかなとおもうのであった。
(ひとつ問題なのは、自分の非礼に対するお詫びの気持ちをうまく表現することができていないとおもわれる。 火に油を注ぐ結果になることが多い。)


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そうでない人

ある本に、プログラム開発能力は優秀な人とそうでない人とで27倍の開きがあるという情報を見たことがある、と書いてあるのを読んだことがある。
確かに、一日中働いてもサッパリ仕事が進まないものだなあとおもった。

近所のワンちゃん達は、今日も昼夜問わず大合唱である。
仕事に集中しているときは、なんというか神経が研ぎ澄まされたような感じになっているので、あの抑揚のない甲高い声を立て続けに聞かされると非常にお腹が痛い。(腹が立つというよりホントにお腹が痛くなってくるので悲しい。)
犬の鳴き声をカットするヘッドホンというものはどこかにないのだろーか。 もしそういうものをご存知でしたら、ぜひ教えていただけるととてもうれしいです。 もしくは、犬のおまわりさんを紹介してほしいです。

あと、なんかわけもなく犬がやかましくなることがあるのは愛情が足りないからでしょうか。
む、もしくは、愛情が足りないから犬の声などに気が滅入るのかもしれない。 これは困った。


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説明するという手順

なんだかよくわからないが、立派なウチュウ人として人間社会に適応するため、自分の行動を見直すことから始めることにした。 誰かと接する時の自分の対応を、できる限り客観的に観察するのである。 そしてこれは、超恥ずかしい。

ということで、近所の商店街にある書店にでかけた。 図書館に置いてないような専門的な発達障害に関する書籍を見て回ろうとおもったが、最初にとった本に3,800円と記されてあった。 さすが専門書である。 自分にはまだ早いようであった(家計的に)。
一般向けの本を一冊とってレジに向かい、ちゃんと視線を合わせるようにして(※)笑顔を準備して商品を受け取りつつ「どうも」と一声かけた。作戦成功である。
(※どう合わせればいいのかは、今でもよくわからない)

問題は普通の会話にあった。
上記の通り視線の合わせ方がいまいちよくわかんないのである。 話しかける時にスッと見ればいいのかずっと見ていればいいのか、どうもうまくいってないようにおもう。
もうひとつは、相手の表情が疲れているのか怒っているのか嫌悪しているのか区別がつかない。 同様に微笑みと愛想笑いの違いもわからないのであった。つまり、推測だけれども、相手もこちらをみて困惑しているとおもわれる。 なぜなら、こちらはこちらでその場にあった表情を瞬間的に表現するのが難しいからである。 あんまり気にしたことがなかったので分からなかったが、どうも感情を表情で表現できていないようにおもった。

そして、肝心の会話部分については非常にマズイことが判明した。 一言めが「アレは」になっていた。 しかも身振りも特に無いので、受け手は多種多様な「アレ」を想像して身構えてしまうのである。
自分の中にあるイメージをそのままアレと表現してしまうので誤解が生まれるのであろー。 イメージを説明するという手順を省いてしまっているようだ。 せっかくイメージがあるのだから、すこし落着いて「あの料理についてきたナイフですが、アレは...」と言うべきなのだ。 これはもうどうにもまったく言葉が足りてないのである。 しかも「あ、じゃあ、また・・・」では何がまたなのか相手にサッパリ伝わっていないと言えよう。 「あ、じゃあまた次に来たときにあれば一つ下さいますか」という行動のイメージが超短縮して言葉に変換されているのであった。 こういうことの積み重ねで色々な誤解が生まれていたのかもしれない。

視線についてもうひとつ。
例えば、考え事をするときには上を向いたり横のほうをみたり、いわゆる視線を泳がせるような感じになるかとおもう。 ウチュウの人たちは会話をする時、どうもそのような感じで話しているんではないだろうか。 僕はそうなってました:-b。 ただし、そういう感じをチキュウの人たちはとても嫌悪するということを忘れないようにしたい。 うまくできなくても、意識的に視線を合わせるようにすることで、チキュウの人たちもいくらかは安心して話を続けることができるとおもう。多分だけど。 目を合わせる意味がよくわかんなくても、それが相手の不安を取り除くことに繋がるなら、それはそれで思いやりに繋がるんではなかろーかとおもった。 でもやっぱ違うのかも。 とにかく、客観的に自分の会話を観察してみたところ、これはひどいという結果になったのであった。
結果は結果として、心がけと工夫しだいで、いくらかは相手が不安にならないような方法をみつけられそうかななどともおもうのであった。


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漂着していた

航星日誌なのです。 屋号が帆船堂なのに。

どうやら、この生きぐるしー人生は、自閉症スペクトラムのいずれかに属するためであろーということに行き着いた。(今のところ、医療機関などで診断された訳ではない)
そんなこんなで、いまさら落ち込んでどうこうなるものでもないなあとおもい、自分をサンプルにして人間社会に適応する方法を色々と実験してみることにしたのであった。

かくして、仕事とはあまり関係ない話題が多くなったりフツーの方々にはあんまりおもしろくない話になりそうなので、航星日誌として分けてみたのであった。そして、 あんまり読んでいる人も少ないとおもわれるので文章もやや投げやりな感じで進めるようなのであった。

自閉系の人たちが、そうでない人たちと自分を比較するときに、「宇宙人と地球人」という例えで表すことがある。 泉さんの著書をはじめ、幾人かの方もそれに近い表記をしており、個人的にも的を射ているようにおもう(※)。 まあそういうことで、航星日誌なのである。 帆船堂なのに。 あと、スタートレック。
(※自分はなんだか幽霊みたいだなと感じたことがあった。 向こうからはよく見えてないんでないのというような。)

いつかどこかに漂着し、気付かないまま大人になってしまっていたのだった。
(どうせならサイヤ人とかナメック星人だったらよかったなあとおもったが、あの人たちはよく死んだり生き返ったりしてかなり大変だからいまのままがいいかなとおもった)

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